SDG10探究Cafe -人種偏見のメカニズム- 開催のご報告

北九州市立ユースステーションでは、持続可能な未来づくりの主役である中高生の探究と実践を応援しています。
その取り組みの一環として、令和3年8月22日(日)16時から18時まで、SDGs探究Caféを開催しました。

〈SDGs探究caféとは?〉

SDGs17それぞれのゴールについて、各分野の専門家の方を講師にお招きし、世界で起きている問題や、その原因についてのレクチャーを受けます。その上で、参加者同士で対話をし、問題に対しての解決策や自分たちが出来るアクションプランを一緒に考えるイベントです。

第2回目となる今回、取り上げたゴールは、【SDG10】「人や国の不平等をなくそう」です。関西大学外国語学部の福井七子名誉教授と菊地敦子教授を講師としてお招きし、「人種偏見のメカニズム」をテーマにオンラインでワークショップを開催しました。

福岡県内のみならず、千葉県、山梨県、福井県の中高生も参加し、合計13名の参加者で学び合いました。

ここからは、当日行われたワークショップの流れと、中高生がどのようなことを感じ、考え、議論したのかについてご紹介します。

〈講師紹介〉 

関西大学外国語学部 名誉教授 福井 七子氏

第二次世界大戦時に連合国によって行われた日本人研究についての調査を長年にわたって行っている。特に、日本人に対する偏見に溢れていた第二次世界大戦時のアメリカにおいて、偏見を排除し、先入観に捉われず日本人を分析しようとした文化人類学者、ルース・ベネディクトをこよなく愛し、20年以上にわたって彼女やその生涯についての研究を行っている。

関西大学 外国語学部 教授 菊地 敦子氏

3歳の時からアメリカ、ドイツ、ニュージーランドと海外で30年あまり生活してきた。アメリカの中学・高校を卒業した後、上智大学へ進み、外国語学部英語学科を卒業。同大学院外国語学研究科言語学専攻修士課程からハワイ大学大学院言語学研究科に転学し、修士号を取得。その後ニュージーランドのオークランド大学大学院で博士号を取得。同大学のアジア言語文学部で13年間教鞭を取り、通訳・翻訳者としての6年間活動を行った。


〈プログラム①:「人種とは?偏見とは?」〉

ワークショップの導入として、そもそも「人種とは何か?」「偏見とは何か?」についてレクチャーをして頂きました。人種という区分けや、それぞれの人種に対する偏見が生まれた歴史的な背景などをお話し頂きました。

〈プログラム②グループワーク:「私たちが持っている偏見はどこから来るの?」〉

このパートでは、私たちが知らず知らずのうちに抱いてしまっている外国人に対する偏見と、その偏見がどのようにして生まれたのかについて一緒に考えていきました。

「外国人に対して、どんなイメージを持っていますか?」

菊地教授の問いかけに対して、参加者からは下記のような意見が出ました。

・イスラム系民族は危険なイメージ。9.11テロなどが原因。

・フィリピン人はフレンドリーなイメージ。

・アフリカ人はおおらかなイメージ

・オーストラリア人は時間にルーズなイメージ。

発表後、菊地教授から、このような特定のイメージ(偏見)は、メディアに大きな影響を受けていることをレクチャー頂きました。

「外国人は、日本人に対してどのようなイメージを持っているか?」

という問いかけに対しては、下記のような意見が出ました。

・よい面→おもてなし、礼儀正しさ、優しい。悪い面→細かすぎる、敏感、言いたいことを言わない。

・親切、優しい、真面目、時間を守る(電車が時間通りに来る)、きれい好き。

・周りに合わせがちである。

・集団意識が強く、排他的である。

その後、菊地教授より、海外の人たちからの視点で「日本」や「日本人」について見ること、考えることの重要性についてレクチャー頂きました。

〈プログラム③レクチャー:「人種差別の歴史と文化人類学者ルース・ベネディクト」〉

休憩後、福井名誉教授にバトンタッチし、「人種差別の歴史」についてレクチャー頂きました。その後、第二次大戦中の日本人への偏見に満ちたアメリカにおいて、一切の偏見を排除し、日本人を真剣に理解しようとした文化人類学者、ルース・ベネディクトの生涯と功績についてお話頂きました。

◆人種差別の歴史について

・人種差別という社会現象の歴史は、古代エジプト、ギリシャ時代までさかのぼることができる

・19世紀の思想家は、人種の違いを理解することが、人間の行動を理解するために重要であると考えた

・人種の中でも白人は何千年も進んでおり、他の人種は追いつくまでに数世紀を要する、あるいは、追いつくことはできない、という差別意識が存在していた

・差別について調査する学問は、現代において、文化人類学がその役割を担っている

◆文化人類学者ルース・ベネディクトについて

ルース・ベネディクトは、全米中に日本人へのひどい偏見が満ちていた第二次世界大戦の最中、そのような偏見にとらわれることなく、日本人に向き合い、真剣に理解しようとした人です。また、誤った偏見に満ちた自国の人々に、論理的かつ客観的に、わかりやすく日本人の真の姿を伝え、誤った偏見や誤解をなくそうとしました。彼女が日本文化を一般のアメリカ人向けに紹介するために書いた『菊と刀』という本は、アメリカで数百万部売れ、日本人に対する誤った偏見を改めることに大きく寄与しました。彼女が文化人類学という学問を通じて訴えたかったことは、To make the world safe for differencesというメッセージです。人は文化や性別など、さまざまな違いがあろうとも、誰でも、どこに行こうとも、安全に安心して暮らしていける世の中をつくること、これこそが、文化人類学者としての務めなのだ、彼女はそう書き残しています。


〈プログラム④レクチャー:「プロパガンダと第二次大戦中の日本人に対する偏見」〉  

このパートでは、福井名誉教授と菊地教授より、「プロパガンダとは何か?」と、第二次大戦中の日本人に対する過激な偏見の実態と、なぜそのような偏見が生まれたのかについてレクチャー頂きました。

【福井教授と菊地教授のレクチャー】

第二次大戦中のアメリカ政府は、日本人がアメリカ人よりも劣っているという噂や偏見を意図的に国内に広めました。反対に、日本政府も、アメリカ人は野蛮であるという認識を日本中に広げていました。両政府ともに、意図的に国民に対して誤った偏見を植え付けていたのです。このように、メディアや映像作品、ビラや広告を用いて、ある思想や主義を強調するために宣伝することをプロパガンダといいます。

戦時中のアメリカにおいて、このプロパガンダが過激に行われていました。国内でも有名な新聞や雑誌が、当たり前のように日本人をジャングルの猿や、前歯の出たノミとして描いていました。

参照:Dower,John W. War without Mercy, New York, Pantheon Books, p.185, 1993. による

戦時中の人々は、そのような政府の発信する情報を鵜呑みにし、踊らされてしまいました。当時の社会全体の雰囲気や状況が、ひどい偏見さえ信じ込ませてしまったのです。もっとひとりひとりの国民が、理性的に考え、騙されなければ、歴史は違う結果になったのではないかとも考えられます。このことは、過去の過ちとして、私たちはしっかりと認識し、同じ過ちを繰り返さないようにしなければなりません。

今の社会にも同じようなことがないか?と考えると、実は似たようなことがあるのです。それは過去のように露骨な形で表現されているわけではありません。しかし、TV番組やCMの中で描かれている外国人像は、ある偏ったイメージによって構成されています。そして、私たちはそれにすごく影響を受けて、ある特定の偏ったイメージを植え付けられてしまうことがあるのです。


〈プログラム⑤レクチャー:「海外のコマーシャルに現れる日本人像 / 日本のコマーシャルに現れる外国人像」〉

このパートでは、菊地教授より、実際に海外のCMで描かれている偏った日本人のイメージや、日本のCMで描かれている偏った外国人像を見ることで、メディアによって知らず知らずのうちに偏見(ある特定の偏ったイメージ)が植え付けられることを体感しました。そのうちの一部をご紹介します。

◆日本のコマーシャルに現れる外国人像

まず、こちらの動画をご覧ください。
全日空のCM
動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=N5hn39DKoH8

一見普通のCMに見えますが、このCMを見た外国人はどのように感じるでしょうか?

CMの中でバカリズムさんが変装した外国人は、鼻を高くして、金髪にしています。この表現は、白人への偏見が反映されています。日本人の視点で見ると、鼻が高いというのは、いいことのように思えるかもしれませんが、外国人、特に女性には、鼻が大きいということに対して、強いコンプレックスを抱いている人もたくさんいます。そのような人たちの視点から見ると、このCMで誇張して描かれた外国人像を見て、嫌な思いをする人や、馬鹿にされたように感じる人もいるはずです。このように、私たちは気が付かないところで、根拠のない、偏った見方をして、相手に嫌な思いをさせているかもしれないのです。

参照:2014年1月24日ジャパンタイムズ紙「Don’t let ANA off the hook for that offensive ad」記事:Debito Arudou イラスト:Tim O’Bree

このマンガは、先ほどのANAのCMのパロディ作品です。パロディとは、すでにある作品に、別の人がアレンジを加え、別の作品にし、それによって元の作品を皮肉っているものを指します。このマンガの最後には、日本人の特徴を誇張した顔が出てきます。これは、先ほどのANAのCMを逆手にとって、同じことをやり返しているのです。同じことをされたら、どんな気持ちになるか考えてごらん、というのがこのマンガのメッセージです。日本人がこのマンガを見ると、日本人はみんな、そんな顔していない、と嫌な想いがするのではないでしょうか。ANAのCMを見た外国人も、同じように感じたのかもしれません。私たちは気が付かないところで、根拠のない、偏った見方をして、相手に嫌な思いをさせているのかもしれないのです。

◆日本のメディアで表現されている外国人像

日本のメディアには外国人がよく出てきます。2004年に萩原滋氏が書いた「日本のテレビ広告に現れる外国イメージの動向」(慶応義塾大学メディア・コミュニケーション研究所紀要54号、5〜26ベージ)によると、外国人が出ているCMのうちの80%以上が白人だそうです。アジア人が出てくることもたまにありますが、白人が出ているCMとアジア人が出ているCMは内容がちょっと違います。白人が出ているCMは、車、時計などのぜいたく品のCMが多いのに対して、アジア人が出ているCMは食べ物や日用品のものが多いのです。このことは、日本人が持っている白人に対するイメージとアジア人に対するイメージを象徴的に表しています。このような表現がされているCMを、日本に住んでいるアジア人が見たら、どんな気持ちになるでしょうか?そんなことをちょっと考えてみてほしいのです。

このパートの最後に菊地教授は、「偏見を受ける対象になった気持ちをみんなに味わってもらいたかった」とおっしゃっていました。自分たちの視点だけではなくて、外国人の視点から、TV番組やCM、日本人が言っていることを客観的に見てみることが大切であることを体感できた貴重な機会となりました。


〈プログラム⑥Think and Write:「偏見の元ってなんだろう?」〉

このパートでは、「どんな考え方が偏見を生み出しているのか?」について、参加者それぞれが考えました。その後、菊地教授より、偏見がどのようなメカニズムで生まれるのか、その奥底にはどのような心理が働いているのか、についてレクチャー頂きました。

「どんな考え方が偏見を生み出しているのか?」

【出てきた意見】

・偏見のもとは、入ってきた情報を鵜呑みにしてしまい、偏った考えが蓄積されていくことではないか。情報を鵜呑みにせずに自発的に考えることが大切。

・自分の意見が確立していない幼少期から、よく目にする情報や大多数の意見に流されて偏見が生まれるように感じます。

・知らない人に対しての先入観によって、自分たちの方が相手より優れていると思うのが偏見の元。それを断つためには、先入観にとらわれずに相手を知ることが大事。自分が偏見を持っているかもしれない、ということを自覚することが大事なのではないか。

【菊地教授レクチャー】

私たちは人間なので、自分が大切です。自分を守ろうとするし、自分の仲間を守ろうとします。自分や仲間を脅かそうとする人が出てくると、それを滅ぼそうとします。そして、滅ぼす手段として人種偏見を利用することがあります。どんなときに、自分の存在が脅かされるか?それはすごく些細な事であることが多いのです。例えば、

・以前からある家を買おうと思ってお金を貯めていたのに、外国から移住してきたお金持ちが、大金を出してその家を一括購入で買ってしまった。

・自分の息子がいつも算数はクラスでトップだったが、引っ越してきた外国人が一番になるようになり、自分の息子がトップではなくなってしまった。

・うちの近所ではみんな庭に花を植えてきれいにしているのに、引っ越してきた外国人が庭先をアスファルトにしてしまい、景観が悪くなってしまった。

このような些細なことで、「あれは外国人だから、そういうことをするんだ」ということで、自分たちの守ってきたものや存在が脅かされたように感じてしまいます。そんなとき、自分のやり方が一番正しくて、それがスタンダードである、というような考え方を持ってしまいがちです。このような考え方が過剰になると、やがて優越感に発展し、自分のやり方や、自分の国が一番正しいんだ、と思い込むようになります。そして、その価値観と異なる価値観を持つ人が現れると、自分の存在を守ろうとして対立が起こります。そして、相手をやっつけるために偏見を利用するのです。例えば、自分の立場を脅かす人のことを悪く言い、周囲の人にもそのように思い込ませる、というようにして偏見を利用します。このようなことを許してしまうと、偏見を受けた人たちが、仕返しとして、相手の悪口を言ったり、また別の入ってきた移民に対して悪口を言ったりするという、負の連鎖が起こり始めます。このような負の連鎖を断ち切るには、どうすればいいのでしょうか?


〈プログラム⑦レクチャー:「偏見の元を断つ」〉

このパートでは、菊地教授より、偏見の元を断つために重要なことについてレクチャー頂きました。

まずは、対立を極力なくすことです。みんなが平等に、教育を受けたり、みんなが平等に働けるような社会をつくることが重要です。一つのグループだけが有利になって、別のグループが不利になるというような状況や制度はあってはいけないのです。また、自分たちと違う価値観の人が現れたとしても、それを受け入れる姿勢、リスペクトする姿勢が非常に重要です。では、どうすれば、そのような姿勢を持てるようになるのでしょうか?その答えは、他の国のことを見ることです。違った視点でものごとを見ることです。外国人が見たら、どう感じるだろう?他の国の人たちから、日本はどう見えているだろう?などと、違う視点から自分の国、自分の発言を見ることが重要です。

もちろん、教育も重要です。教育の中では、日本の科学技術の進歩や経済の進歩の素晴らしさなど、良い面がよく取り上げられます。そういうことについての教育することも大事です。しかし、それと同時に、日本が犯した間違いや過ちについても学ばなければ、不十分だと思います。なぜかというと、他の人たちが持っている日本のイメージというのは、もしかしたら、私たちが思っているものとはまったく異なるかもしれないからです。日本から何らかの被害を受けた歴史を持つ人たちからすると、日本は悪いイメージの国かもしれない。そういうことに対して無神経でいると、他の国の人たちの気持ちを正しく理解することはできません。ですので、日本のいいところも、過去に犯した過ちも、どちらも学ばなければいけないのです。いろいろな観点から物事を見ることによって、はじめてお互いのことを尊重し合えるようになるのではないかと思います。そういう力を養うのが教育の大きな目的であると考えています。

【まとめ 菊地教授からのメッセージ】

今世界で猛威を振るっているコロナウィルスは、私たちは同じ種類の動物であることをみんなに示してくれました。同じホモサピエンスなので、同じように感染します。犬とか、猿とかと違い、白人であろうが、黒人であろうが、みんな感染するのは、私たちが同じひと種類の動物だからです。私たちはお互いつながっているのです。お互いに助け合わなければ、みんな滅びてしまうのです。そして、お互い助け合うためには、どんな人でも尊厳を持って生きていける社会にならなければいけないと思います。そういう社会をつくっていくのは、若いみなさんです。今日の話を聴いて、みなさんが少しでも偏見について考えて、よりよい社会を築いてくれたら、本当に嬉しく思います。今日は本当にありがとうございました。


【受講者アンケート】

◆人種偏見について詳しく学ぶことができた

・偏見は他人事ではなく、CMの例でもあったように、自分たちが偏見する側でもあり、偏見の対象にも無意識のうちになっていることや、偏見のメカニズムなど知らなかったことを知ることができた。

・なぜ偏見が生まれるのかということは気になってGoogleなどで調べてみても、あまりこれだという答えに巡り会ったことがなかったけれど、今回のお話を聴いて納得のいく答えを見つけられた。

・直接知りたいことについて専門家の方からお話を聞ける機会はなかなかないので機会があればぜひまた参加したい。

◆自分を見つめ直すきっかけになった

・自分は知らないうちに偏見する側、受ける側に今までいたことに気づかされた

・人に偏見を持たないようにしようと日頃から意識していたが、自分自身も偏見の対象になりえるとは考えたことがなかった。そして、そう思っていたのは、自分の属する集団が他の集団より優れているんだと無意識のうちに決めつけているからなのかもしれないと感じた。

◆できることから取り組んでいきたい

・ニュースを見るときに鵜呑みにしないことや、家族がそのような偏見を持ってしまっているときに指摘できるようにしたい。

・まず日本人が外国人にもたれている悪いイメージについて、ただ「酷い」と怒るのではなく、そのようなイメージをもたれるようになった理由を、歴史的背景も踏まえて知りたいと思った。


ひとりひとりが差別の元となる「偏見」について、これまで考えたことのなかった視点から、深く考えることができた貴重な機会となりました。「偏見」は他人事ではなく、自分自身も知らず知らずのうちに持ってしまう可能性のある、身近なものであることに気が付くことができました。今回の参加者ひとりひとりの気づき、そこから生まれる小さなアクションが、世界から差別や偏見をなくす確かな一歩になると信じています。

次回のSDGs探究Caféは、12月19日(日)16時~18時、テーマは「SDG3:すべての人に健康と福祉を」です。北九州市内の中高生はもちろん、全国の中高生のご参加をお待ちしております。